地図と人物でたどる、日本の時間。
HISTORICAL EVENTS
出来事を深く読む
「何が起こったか」だけで終わらず、時代背景、原因、当日の動き、その後の影響、関係人物までを一つのページでつなぎます。
144EVENTSTURNING POINTS
まず読みたい、5つの転換点
桶狭間の戦い
尾張へ進軍した今川義元の大軍を、織田信長が局地的な急襲で破る。信長躍進の起点となった。
読む →02 / 安土桃山時代本能寺の変
織田信長が、家臣・明智光秀の急襲を受けて京都の本能寺で自刃。天下統一の行方が大きく動いた。
読む →03 / 安土桃山時代賤ヶ岳の戦い
信長死後の主導権をめぐり、羽柴秀吉と柴田勝家が近江北部で激突。秀吉が勝利して後継者争いを大きく前進させた。
読む →04 / 安土桃山時代豊臣秀吉の死
伏見城で豊臣秀吉が死去。幼い秀頼を五大老・五奉行が支える体制は、最大実力者・徳川家康を中心に揺れ始める。
読む →05 / 江戸時代江戸幕府の成立
徳川家康が征夷大将軍に任じられ、江戸に幕府を開く。約260年にわたる政治体制が始まった。
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縄文時代EVENT 01
縄文土器の出現
大平山元遺跡から、紀元前13,000年頃とされる北東アジア最古級の土器片が出土。煮炊きのできる器が、暮らし方の変化を映し出す。詳しく読む →
縄文時代EVENT 02
三内丸山の大規模集落
青森の三内丸山では、紀元前3,500年頃から住居・墓・貯蔵穴・道を備えた大規模集落が長く営まれ、縄文社会の定住と交流を伝える。詳しく読む →
縄文時代EVENT 03
遮光器土偶と亀ヶ岡文化
東北北部では、精緻な文様と大きな目を持つ遮光器土偶に象徴される亀ヶ岡文化が展開。祈りや儀礼をめぐる豊かな造形が残された。詳しく読む →
弥生時代EVENT 04
卑弥呼、魏へ使者を送る
邪馬台国の女王・卑弥呼が難升米らを魏へ派遣し、『親魏倭王』の称号を受ける。倭国の統合と東アジア外交が結びついた。詳しく読む →
古墳時代EVENT 05
ワカタケル大王と稲荷山鉄剣
武蔵の稲荷山古墳から出土した鉄剣に、ワカタケル大王とヲワケの関係が金文字で刻まれる。王権と地域豪族を示す同時代史料となった。詳しく読む →
古墳時代EVENT 06
磐井の乱
筑紫君磐井が、朝鮮半島へ向かうヤマト王権の軍を遮り、翌年に物部麁鹿火の軍と衝突。地域首長と王権の関係が武力で争われた。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 07
仏教公伝
百済から倭王権へ仏像・経典が公式にもたらされたと伝わる。538年説と552年説があり、仏教受容は豪族間の政治対立とも結びついた。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 08
丁未の乱
用明天皇崩御後、蘇我馬子と物部守屋が皇位継承と仏教受容をめぐって衝突。馬子方が勝利し、物部氏の中央政界での力が後退した。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 09
冠位十二階
推古朝が朝廷に仕える者の位を十二階に分け、冠の色で示す制度を整えた。氏族の家格だけでなく、官人個人を評価する政治への一歩だった。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 10
十七条憲法
推古朝が、和を重んじ、仏教を敬い、詔に従い、公正に政務を行うことを官人へ求めた。近代憲法ではなく、朝廷を支える者の政治倫理を示す規範だった。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 11
遣隋使
推古朝が小野妹子を隋へ送り、煬帝へ国書を届けた。冊封を受けるだけではない外交姿勢を示し、学生・学問僧の派遣へつながった。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 12
乙巳の変と大化改新
中大兄皇子と中臣鎌足らが飛鳥板蓋宮で蘇我入鹿を討つ。政変後、孝徳天皇を中心とする新政権が改革へ動いた。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 13
白村江の戦い
滅亡した百済の復興を支援するため朝鮮半島へ派遣された倭国軍が、白村江で唐・新羅連合軍に大敗。敗戦後、列島の国防と国家制度が急速に再編された。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 14
壬申の乱
天智天皇の死後、大海人皇子と大友皇子が皇位継承をめぐって争った古代最大級の内乱。東国の兵を得た大海人皇子が勝利した。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 15
八色の姓
天武天皇が豪族の姓を八段階に再編し、皇室との関係と朝廷内の序列を組み直した。氏族を新しい官僚国家へ編成する制度改革だった。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 16
藤原京遷都
持統天皇が飛鳥浄御原宮から藤原宮へ移る。宮と条坊制都市を一体で計画した本格的な都城が、律令国家運営の舞台になった。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 17
大宝律令
刑罰を定める律と行政制度を定める令が完成し、中央官制から地方支配までを一つの法体系で結んだ。詳しく読む →
飛鳥時代EVENT 18
和同開珎の発行
武蔵国から銅が献上された年、朝廷が銀銭・銅銭の和同開珎を発行。税・官人給与・都の市場を貨幣で結ぶ政策が始まった。詳しく読む →
奈良時代EVENT 19
平城京遷都
元明天皇が藤原京から平城京へ遷都。唐の長安を参照した計画都市が、律令国家の新しい政治・外交・文化の中心になった。詳しく読む →
奈良時代EVENT 20
古事記完成
天武天皇が始めた歴史編纂を元明天皇が再開させ、太安万侶が稗田阿礼の誦習を筆録。神話・系譜・物語を三巻にまとめて朝廷へ献上した。詳しく読む →
奈良時代EVENT 21
風土記編纂の詔
朝廷が諸国へ、郡郷名の好字化、産物、土地の肥沃さ、地名由来、古老の伝承を報告するよう命じた。地域史を国家が集めた。詳しく読む →
奈良時代EVENT 22
遣唐使と吉備真備の入唐
吉備真備・阿倍仲麻呂・玄昉らが遣唐使船で唐へ渡った。長期留学で得た学問・制度・仏教知識は、帰国後の奈良朝の政治と文化へ大きな影響を与えた。詳しく読む →
奈良時代EVENT 23
日本書紀完成
舎人親王らが編纂した全30巻の国史が元正天皇へ奏上された。神代から持統天皇までを漢文・編年体で記した最初の勅撰国史。詳しく読む →
奈良時代EVENT 24
三世一身法
新たな用水施設を造って開墾した田は三世代、既存施設を使う場合は本人一代の私有を認めた。口分田不足に対応し、律令制の土地原則を現実に合わせた政策。詳しく読む →
奈良時代EVENT 25
長屋王の変
左大臣・長屋王が謀反を計画したとの密告を受け、邸宅を包囲されて妻子と自害した。皇親政治から藤原四兄弟が主導する政権へ移る転換点。詳しく読む →
奈良時代EVENT 26
藤原広嗣の乱
大宰府へ左遷された藤原広嗣が玄昉・吉備真備の排除を求めて九州で挙兵。朝廷の大軍に敗れたが、聖武天皇の長い行幸と遷都へ影を落とした。詳しく読む →
奈良時代EVENT 27
国分寺建立の詔
聖武天皇が諸国に国分寺と国分尼寺を建てるよう命じた。疫病・飢饉・反乱が続く社会で、仏教による国家安寧と地方支配の結び直しを目指した。詳しく読む →
奈良時代EVENT 28
墾田永年私財法
新たに開墾した田を、一定の手続きと面積制限のもとで永久に私有できると定めた。農業生産の回復を狙い、律令国家の土地制度を大きく変えた。詳しく読む →
奈良時代EVENT 29
大仏造立の詔
聖武天皇が紫香楽宮で盧舎那大仏の造立を発願した。疫病・飢饉・反乱に揺れる社会を仏教で結び、人々へ自発的な参加を呼びかけた巨大国家事業の出発点。詳しく読む →
奈良時代EVENT 30
東大寺大仏開眼
聖武太上天皇が発願した盧舎那大仏の開眼会が東大寺で行われた。疫病と飢饉に揺れる国を仏教によって結び直す国家的事業だった。詳しく読む →
奈良時代EVENT 31
鑑真来日
唐の高僧・鑑真が五度の失敗と失明を乗り越え、六度目の航海で日本へ到着。東大寺に戒壇を整え、日本仏教の正式な授戒制度を確立した。詳しく読む →
奈良時代EVENT 32
恵美押勝の乱
孝謙上皇・道鏡と対立した藤原仲麻呂(恵美押勝)が挙兵。近江へ逃れた仲麻呂は敗死し、淳仁天皇は廃位、孝謙上皇が称徳天皇として重祚した。詳しく読む →
奈良時代EVENT 33
宇佐八幡神託事件
道鏡を皇位につければ天下太平になるという神託が伝わり、和気清麻呂が宇佐へ派遣された。皇位継承と神託、称徳天皇の政治が交差した事件。詳しく読む →
奈良時代EVENT 34
長岡京遷都
784年、桓武天皇は奈良の寺院・旧来勢力から距離を取り、水運に優れた長岡京へ遷都した。しかし政争や洪水、造営負担が重なり、10年後に平安京へ移った。詳しく読む →
平安時代EVENT 35
平安京遷都
平安京遷都は794年10月22日。桓武天皇が長岡京から新京へ移り、翌月に「平安京」と命名した。背景には長岡京の政治的緊張・洪水、葛野の水運と地形など複数の要因があった。詳しく読む →
平安時代EVENT 36
最澄・空海の入唐
遣唐使船で唐へ渡った最澄と空海が、それぞれ天台教学と密教を学んだ。帰国後の日本仏教を大きく変える二人は、同じ船団で海を渡った。詳しく読む →
平安時代EVENT 37
遣唐使停止
遣唐大使に任命された菅原道真が唐の混乱と航海の危険を建議し、宇多天皇は使節を派遣しなかった。詳しく読む →
平安時代EVENT 38
平将門の乱
坂東の一族間抗争から勢力を広げた平将門が国府を攻略し、朝廷に対抗する支配を試みた。詳しく読む →
平安時代EVENT 39
『源氏物語』の記録
紫式部の日記に『源氏』と作者を結びつける記述が現れる。物語の完成年ではなく、1008年には宮廷で読まれ、冊子が作られていたことを示す記録。詳しく読む →
平安時代EVENT 40
藤原道長、摂政に
外孫の後一条天皇が即位し、藤原道長が摂政となった。娘を天皇の后に入れ、その子を外祖父として支える摂関政治が頂点を迎える。詳しく読む →
平安時代EVENT 41
院政開始
白河天皇が8歳の堀河天皇へ譲位し、上皇の役所・院庁を通じて政務を主導する院政を始めた。詳しく読む →
平安時代EVENT 42
後三年合戦
陸奥守源義家が清原氏の内紛へ介入し、金沢柵で清原家衡らを破った。朝廷が公戦と認めなかった戦いは、東国武士と源氏の結びつきを強めた。詳しく読む →
平安時代EVENT 43
保元の乱
鳥羽法皇の死後、後白河天皇方と崇徳上皇方が京都で武力衝突。皇族・摂関家・源平の一族が敵味方に分かれた。詳しく読む →
平安時代EVENT 44
平治の乱
藤原信頼と源義朝が後白河上皇を幽閉して政権を握るが、帰京した平清盛に敗れた。平氏の優位が決定的になる。詳しく読む →
平安時代EVENT 45
源頼朝挙兵
伊豆に流されていた源頼朝が以仁王の令旨を受けて挙兵。石橋山で敗れるが、安房へ渡って東国武士を集め鎌倉に入った。詳しく読む →
平安時代EVENT 46
粟津の戦い
京都で後白河法皇と対立した源義仲が、源範頼・義経の軍に敗れ、近江国粟津で戦死。源氏内部の主導権が頼朝へ集まった。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 47
守護・地頭の設置
源頼朝が後白河法皇から、諸国への守護・地頭設置を認められる。平家追討の軍事動員を起点に、幕府が全国の土地と武士へ関与する仕組みが広がった。詳しく読む →
平安時代EVENT 48
壇ノ浦の戦い
関門海峡で源氏と平氏の船団が激突。平氏は滅亡し、安徳天皇が入水。源頼朝の武家政権確立へ大きく進んだ。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 49
源頼朝、征夷大将軍に
東国支配と全国の軍事警察権を段階的に築いた源頼朝が、朝廷から征夷大将軍に任じられた。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 50
比企能員の変
将軍頼家の外戚・比企能員と北条時政・政子方が衝突。比企氏は滅び、頼家は失脚、弟の実朝が第3代将軍となった。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 51
承元の法難
後鳥羽上皇の院近臣をめぐる事件を契機に専修念仏が停止され、法然は流罪、親鸞は僧籍を奪われ越後へ。念仏教団の形成を大きく変えた弾圧。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 52
和田合戦
侍所別当・和田義盛と北条義時が鎌倉市街で衝突。二日間の戦闘で和田氏が敗れ、義時が侍所別当も兼ねて幕府中枢の権限を強めた。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 53
源実朝暗殺
右大臣拝賀のため鶴岡八幡宮へ参詣した第3代将軍・源実朝が、甥の公暁に暗殺された。頼朝直系の源氏将軍が断絶した。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 54
承久の乱
後鳥羽上皇が北条義時追討の院宣を出し、鎌倉幕府と朝廷が武力衝突。幕府軍が京都を制圧し、武家政権の優位が全国へ広がった。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 55
御成敗式目
北条泰時が武家社会の慣習と先例を51か条にまとめ、御家人・守護・地頭の裁判基準を示した。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 56
宝治合戦
執権北条時頼・安達景盛方が有力御家人の三浦泰村一族を攻め、三浦氏宗家が滅亡。得宗家を中心とする幕府政治が強まった。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 57
文永の役
元・高麗連合軍が対馬・壱岐を経て博多湾へ来襲。鎌倉幕府の御家人が迎撃し、連合軍は夜に船へ戻って撤退した。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 58
弘安の役
元は東路軍・江南軍の二軍で再来襲。博多湾岸の防塁と日本側の海上攻撃に阻まれ、暴風で船団が大損害を受けた。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 59
霜月騒動
得宗家執事・平頼綱方が有力御家人・安達泰盛一族を鎌倉で攻め滅ぼした。元寇後の恩賞・改革をめぐる対立から、得宗専制が一段と強まった。詳しく読む →EVENT 60
永仁の徳政令
鎌倉幕府が困窮御家人の所領回復を狙い、売却・質入れ地の無償返還や訴訟制限を命じた。土地金融を混乱させ、翌年主要部分が撤回された。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 61
元弘の乱
後醍醐天皇の倒幕計画が発覚し、天皇は笠置山で挙兵。敗れて隠岐へ流されたが、楠木正成らの抵抗と各地の反幕府運動が1333年の幕府滅亡へつながった。詳しく読む →
鎌倉時代EVENT 62
鎌倉幕府の滅亡
後醍醐天皇の倒幕運動に各地の武士が呼応。足利高氏が京都の六波羅探題を、新田義貞が鎌倉を攻め、北条氏の幕府は滅亡した。詳しく読む →
南北朝時代EVENT 63
建武の新政
鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇が天皇親政を開始。所領裁判・恩賞・官職を朝廷へ集中させたが、複雑な命令系統と恩賞への不満から武士の支持を失った。詳しく読む →
南北朝時代EVENT 64
中先代の乱
北条高時の遺児・時行が信濃から挙兵して鎌倉を奪還。足利尊氏が朝廷の許可を待たず東下して鎮圧し、そのまま鎌倉に留まったことで建武政権との対立が決定的になった。詳しく読む →
南北朝時代EVENT 65
南北朝の分裂
足利尊氏が京都で光明天皇を立て、後醍醐天皇は吉野へ移る。二つの朝廷と元号が並び立つ内乱の時代が始まった。詳しく読む →
南北朝時代EVENT 66
湊川の戦い
九州から東上した足利尊氏軍を、新田義貞・楠木正成軍が摂津湊川で迎撃。正成は敗死し、尊氏は京都を制圧して光明天皇を擁立、南北朝分裂が決定的になった。詳しく読む →
南北朝時代EVENT 67
足利尊氏、征夷大将軍に
足利尊氏が北朝の光明天皇から征夷大将軍に任じられた。建武式目と京都の政権機構を基礎に室町幕府が成立し、南朝との内戦下で武家支配を進めた。詳しく読む →
南北朝時代EVENT 68
四條畷の戦い
南朝の楠木正行軍が、北朝・幕府の高師直軍と河内四條畷周辺で激突。正行は敗死し、師直軍は吉野へ進攻して南朝の行宮を焼いた。詳しく読む →
南北朝時代EVENT 69
観応の擾乱
室町幕府内部で足利尊氏・高師直派と足利直義派が衝突。南朝も巻き込み、将軍兄弟の対立が全国の武士を二分した。詳しく読む →EVENT 70
正平一統
観応の擾乱で足利尊氏が弟直義に対抗するため南朝へ降り、南朝が一時的に北朝を吸収。翌年、北朝の神器・上皇を南朝が確保したが、尊氏方は新たな北朝を再建した。詳しく読む →
南北朝時代EVENT 71
足利義満、将軍就任
10歳の足利義満が第3代将軍に就任。管領細川頼之の補佐を受け、守護勢力を統制しながら京都の幕府権力を強め、のちの南北朝合一と公武統合へ進んだ。詳しく読む →
南北朝時代EVENT 72
南北朝合一
足利義満の交渉で後亀山天皇が吉野から京都へ戻り、後小松天皇へ三種の神器を渡して南北朝が形式上統一された。詳しく読む →
室町時代EVENT 73
金閣・北山殿の造営
足利義満が西園寺家の山荘を譲り受け、北山殿の造営を開始。政治・外交・宗教・文化を一つの空間へ集め、室町幕府最盛期を象徴する舞台を築いた。詳しく読む →
室町時代EVENT 74
日明勘合貿易
足利義満が明との国交を整え、勘合で公認船を識別する貿易を開始。東アジア外交、倭寇対策、幕府財政、禅宗文化を結びつけた。詳しく読む →
室町時代EVENT 75
正長の土一揆
近江から京都・奈良へ徳政要求が広がり、馬借・農民・都市民が土倉や酒屋を襲って借金証文を破棄した。詳しく読む →
室町時代EVENT 76
嘉吉の乱
将軍足利義教が赤松満祐邸で暗殺され、幕府が播磨へ追討軍を派遣。将軍権力の強化と守護大名の反発が、政権中枢で爆発した。詳しく読む →
室町時代EVENT 77
応仁の乱
将軍家と有力守護家の後継争いが結びつき、京都を主戦場に11年続く内乱へ発展。戦国時代の幕開けを告げた。詳しく読む →
室町時代EVENT 78
東山殿と銀閣
足利義政が応仁の乱後の京都東山に山荘造営を開始。政治の求心力を失う一方、禅・茶・花・庭園・建築が交わる東山文化の舞台を残した。詳しく読む →
室町時代EVENT 79
明応の政変
管領細川政元らが将軍足利義稙を廃し、足利義澄を擁立。将軍の廃立を有力者が主導し、畿内の戦国政治を加速させた。詳しく読む →
戦国時代EVENT 80
鉄砲伝来
種子島へ漂着した異国船から火縄銃が伝わる。領主・種子島時堯は二挺を入手し、国産化を進めた。詳しく読む →
戦国時代EVENT 81
キリスト教伝来
イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島へ到着。戦国大名・港町・商人を介して布教が広がり、日本社会が新しい宗教と世界観に向き合った。詳しく読む →
戦国時代EVENT 82
厳島の戦い
毛利元就が陶晴賢の大軍を厳島へ誘い、夜間の渡海と奇襲で撃破。安芸の国人領主から中国地方の有力大名へ飛躍した。詳しく読む →
戦国時代EVENT 83
桶狭間の戦い
尾張へ進軍した今川義元の大軍を、織田信長が局地的な急襲で破る。信長躍進の起点となった。詳しく読む →
戦国時代EVENT 84
川中島の戦い
北信濃をめぐり武田信玄と上杉謙信が八幡原で激突。五度に及ぶ対陣のなかで最も激しい第四次合戦となり、双方に大きな損害が出た。詳しく読む →
戦国時代EVENT 85
信長上洛
織田信長が足利義昭を奉じて京都へ入り、義昭を第15代将軍に就ける。信長の畿内支配が始まった。詳しく読む →
戦国時代EVENT 86
比叡山焼き討ち
織田信長軍が比叡山延暦寺を攻撃し、堂塔や山麓の集落を焼いた。宗教勢力と戦国大名の対立、軍事拠点化、非戦闘員被害を考える事件となった。詳しく読む →
戦国時代EVENT 87
室町幕府の滅亡
足利義昭が信長に挙兵するが槇島城で敗れ、京都を追放される。約240年続いた室町幕府が政治的に終焉した。詳しく読む →
戦国時代EVENT 88
長篠・設楽原の戦い
織田・徳川連合軍が、長篠城を包囲した武田勝頼軍と設楽原で決戦。馬防柵と鉄砲を生かして勝利した。詳しく読む →
戦国時代EVENT 89
安土城築城
織田信長が近江の安土山で築城を開始。軍事拠点だけでなく、天下統一後の秩序を目に見える形で示す城と城下町をつくった。詳しく読む →
安土桃山時代EVENT 90
山崎の戦い
本能寺の変から11日後、備中から戻った羽柴秀吉軍が明智光秀軍を山崎で破った。信長後継をめぐる主導権が秀吉へ傾く転換点となった。詳しく読む →
安土桃山時代EVENT 91
本能寺の変
織田信長が、家臣・明智光秀の急襲を受けて京都の本能寺で自刃。天下統一の行方が大きく動いた。詳しく読む →
安土桃山時代EVENT 92
賤ヶ岳の戦い
信長死後の主導権をめぐり、羽柴秀吉と柴田勝家が近江北部で激突。秀吉が勝利して後継者争いを大きく前進させた。詳しく読む →
安土桃山時代EVENT 93
秀吉、関白に就任
羽柴秀吉が近衛家の猶子となり関白へ就任。武家の軍事力を朝廷の最高官職と結び、豊臣政権の全国支配を制度化した。詳しく読む →
安土桃山時代EVENT 94
刀狩令
豊臣秀吉が全国の農民から刀・脇差・弓・槍・鉄砲などの武器を集めるよう命じた。武装解除、兵農分離、村落統制を進める政策となった。詳しく読む →
安土桃山時代EVENT 95
小田原征伐
豊臣秀吉が全国の大名を動員し、小田原城の後北条氏を降伏させる。戦国大名間の大規模な領土戦争に区切りをつけた。詳しく読む →
安土桃山時代EVENT 96
文禄の役
豊臣秀吉が明の征服を構想し、諸大名の軍を朝鮮へ侵攻させた。朝鮮・明との長期戦で多数の人命と生活が失われ、日本の大名・民衆にも重い負担を残した。詳しく読む →
安土桃山時代EVENT 97
伏見城築城
豊臣秀吉が伏見に本格的な城と城下町を築く。大地震による倒壊、再建、関ヶ原前哨戦での落城、徳川期の再建を重ねた政治都市だった。詳しく読む →
安土桃山時代EVENT 98
豊臣秀吉の死
伏見城で豊臣秀吉が死去。幼い秀頼を五大老・五奉行が支える体制は、最大実力者・徳川家康を中心に揺れ始める。詳しく読む →
安土桃山時代EVENT 99
関ヶ原の戦い
徳川家康率いる東軍と、石田三成を中心とする西軍が激突。家康の全国支配を決定づけた。詳しく読む →
江戸時代EVENT 100
江戸幕府の成立
徳川家康が征夷大将軍に任じられ、江戸に幕府を開く。約260年にわたる政治体制が始まった。詳しく読む →
江戸時代EVENT 101
武家諸法度
大坂の陣直後、幕府が大名統制の共通ルールを示す。城の修築や婚姻、参勤などを将軍の許可と監視の下に置いた。詳しく読む →
江戸時代EVENT 102
大坂夏の陣
徳川方が大坂城の豊臣秀頼を攻め、天王寺・岡山で最終決戦。秀頼と淀殿が自害し、豊臣宗家が滅亡した。詳しく読む →
江戸時代EVENT 103
参勤交代の制度化
第3代将軍家光が武家諸法度を改訂し、諸大名の江戸参勤を明文化。既存の慣行を全国的な統治制度へ組み込んだ。詳しく読む →
江戸時代EVENT 104
島原・天草一揆
重い年貢と飢饉、キリシタン弾圧を背景に島原・天草の領民が蜂起。天草四郎を旗頭に原城へ籠もり、幕府軍と戦った。詳しく読む →
江戸時代EVENT 105
鎖国体制の完成
幕府がポルトガル船の来航を禁止。海外との窓口を幕府管理下へ絞り込み、後に「鎖国」と呼ばれる対外関係の枠組みが整った。詳しく読む →
江戸時代EVENT 106
慶安の変
由井正雪・丸橋忠弥らが浪人を集め、幕府転覆を計画したとされる事件。実行前に露見し、幕府へ浪人問題の深刻さを突きつけた。詳しく読む →
江戸時代EVENT 107
生類憐みの令
徳川綱吉政権が、人と動物の生命保護を求める触書を重ねて発布。捨て子・病人・犬・牛馬など対象は広かった。詳しく読む →
江戸時代EVENT 108
享保の改革
徳川吉宗が第8代将軍となり、財政再建と統治制度の改善を開始。倹約・年貢だけでなく、意見聴取、司法、医療、人材登用を改めた。詳しく読む →
江戸時代EVENT 109
田沼意次の政治
田沼意次が側用人となり幕政の中枢へ。株仲間・長崎貿易・鉱山開発など商業活動から収入を得る政策を進めた。詳しく読む →
江戸時代EVENT 110
寛政の改革
天明の飢饉後、松平定信が老中首座となり改革を開始。農村復興と備蓄、武士救済を進める一方、学問・出版・風俗を厳しく統制した。詳しく読む →
江戸時代EVENT 111
大塩平八郎の乱
天保の飢饉下、大坂町奉行所元与力の大塩平八郎が救民を掲げて蜂起。戦闘は一日で終わったが、市街の約5分の1が焼けた。詳しく読む →
江戸時代EVENT 112
蛮社の獄
幕府が渡辺崋山・高野長英ら蘭学者を処罰。外国船への砲撃政策を批判した知識人が、幕政批判と結社の疑いで弾圧された。詳しく読む →
江戸時代EVENT 113
天保の改革
老中水野忠邦が、飢饉後の幕府財政と統治を再建する改革を開始。倹約、株仲間解散、人返し、上知令を進めたが反発で挫折した。詳しく読む →
江戸時代EVENT 114
黒船来航
アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーが4隻の艦隊で浦賀沖へ来航。大統領の国書を渡し、日本へ開港と通商を求めた。詳しく読む →
江戸時代EVENT 115
日米和親条約
ペリー再来航を受け、幕府が横浜でアメリカと12か条の条約を締結。下田・箱館を開き、鎖国体制が大きく転換した。詳しく読む →
江戸時代EVENT 116
桜田門外の変
大老井伊直弼が江戸城登城途中、桜田門外で水戸浪士を中心とする一団に襲撃され死亡。幕府最高職が白昼に倒れた。詳しく読む →
江戸時代EVENT 117
薩長同盟
京都で薩摩藩と長州藩が、長州への軍事圧力に対する相互支援を確認。坂本龍馬らの仲介で対立から協力へ転じた。詳しく読む →
江戸時代EVENT 118
大政奉還
15代将軍徳川慶喜が政権を朝廷へ返上すると表明。朝廷は翌日これを受理し、約260年続いた江戸幕府の統治原理が転換した。詳しく読む →
明治時代EVENT 119
明治維新
幕府から新政府へ政治の中心が移り、戊辰戦争と制度改革を経て中央集権的な近代国家づくりが始まった。詳しく読む →
明治時代EVENT 120
戊辰戦争
鳥羽・伏見から箱館まで続いた新政府軍と旧幕府勢力の内戦。約1年半の戦闘を経て、明治政府の全国支配が軍事的に確立した。詳しく読む →
明治時代EVENT 121
五箇条の御誓文
明治天皇が神前で誓う形式で新政府の基本方針を示した。公議、上下の協力、旧来の悪習打破、海外知識の摂取などを掲げた。詳しく読む →
明治時代EVENT 122
版籍奉還
薩長土肥四藩主の建白をきっかけに、諸大名が領地と領民を朝廷へ返上。旧藩主は知藩事となり、廃藩置県への中間段階が生まれた。詳しく読む →
明治時代EVENT 123
廃藩置県
明治政府が藩を廃止して府県へ再編し、旧藩主に代わる知事を中央から任命。近代国家の中央集権化を大きく進めた。詳しく読む →
明治時代EVENT 124
岩倉使節団
岩倉具視を全権大使とする大使節団が欧米を歴訪。条約改正の予備交渉と、政治・産業・教育・軍事制度の調査を進めた。詳しく読む →
明治時代EVENT 125
徴兵令
満20歳の男子を原則として兵役の対象とする全国徴兵制を公布。身分ごとの軍事負担を改め、政府直属の軍隊を形成した。詳しく読む →
明治時代EVENT 126
地租改正
収穫高による年貢を、地価を基準に現金で納める地租へ転換。土地所有者を納税者とし、政府の安定財源を作った。詳しく読む →
明治時代EVENT 127
明治六年政変
朝鮮への使節派遣をめぐる政府内対立で、西郷隆盛・板垣退助ら参議が辞職。大久保利通を中心とする内政優先の政権へ移った。詳しく読む →
明治時代EVENT 128
自由民権運動
板垣退助らの民撰議院設立建白書を起点に、国会開設・憲法制定・権利保障を求める運動が全国へ広がった。詳しく読む →
明治時代EVENT 129
西南戦争
西郷隆盛を擁する鹿児島私学校勢力と政府軍が九州で戦った、明治期最大の内戦。徴兵軍が勝利し、士族反乱の時代が終息した。詳しく読む →
明治時代EVENT 130
大日本帝国憲法の発布
天皇が臣民へ授ける形式で大日本帝国憲法を発布。天皇主権のもと、帝国議会・内閣・裁判所と臣民の権利義務を定めた。詳しく読む →
明治時代EVENT 131
第1回帝国議会
大日本帝国憲法の施行とともに帝国議会が開会。選挙で選ばれた衆議院と貴族院が予算・法律を審議する立憲政治が始まった。詳しく読む →
明治時代EVENT 132
日清戦争
朝鮮をめぐる対立から日本と清が開戦。戦場は朝鮮半島・中国東北部・黄海・台湾へ広がり、日本の帝国的膨張を加速させた。詳しく読む →
明治時代EVENT 133
下関条約と三国干渉
日清講和で日本は台湾・澎湖諸島と遼東半島、賠償金を得たが、露・独・仏の干渉により遼東半島を清へ返還した。詳しく読む →
明治時代EVENT 134
足尾鉱毒事件
足尾銅山から流出した鉱毒が渡良瀬川流域の農地と生活を破壊。田中正造と被害民は操業停止・救済・治水の見直しを求めた。詳しく読む →
明治時代EVENT 135
八幡製鐵所の操業開始
日清戦争の賠償金を財源の一つに官営八幡製鐵所が操業。鉄鋼の国産化は鉄道・造船・軍需と重工業化を支えた。詳しく読む →
明治時代EVENT 136
日英同盟
日本と英国が東アジアでの利益と相互援助を定めた同盟を締結。日本は外交的孤立を脱し、ロシアへの抑止力を得た。詳しく読む →
明治時代EVENT 137
日露戦争
満洲・朝鮮をめぐる対立から日本とロシアが開戦。旅順・奉天・日本海で激戦が続き、日本は勝利したが人的・財政的負担は限界に達した。詳しく読む →
明治時代EVENT 138
ポーツマス条約と日比谷焼打事件
日露講和で日本は権益と南樺太を得たが賠償金は得られず、期待との落差から東京で反対集会が暴動へ拡大した。詳しく読む →
明治時代EVENT 139
韓国併合
日本が大韓帝国を併合し、朝鮮を植民地とした。軍事・外交権を段階的に奪った上で条約を強制し、朝鮮総督府による統治を始めた。詳しく読む →
明治時代EVENT 140
明治天皇崩御・大正へ
1912年7月30日に明治天皇が崩御し、皇太子嘉仁親王が践祚。同日以後を大正元年とする改元の詔書が発せられた。詳しく読む →
大正時代EVENT 141
第一次世界大戦と日本
日本は日英同盟を根拠に連合国側で参戦し、青島や南洋諸島へ進出。戦時景気の一方で物価が上がり、東アジアでの権益拡大は中国との摩擦を深めた。詳しく読む →
大正時代EVENT 142
米騒動と原敬内閣
富山の沿岸部で始まった米価高騰への抗議が全国へ拡大し、寺内内閣が退陣。衆議院の政党を基盤とする原敬の本格的な政党内閣が成立した。詳しく読む →
大正時代EVENT 143
関東大震災
9月1日、相模湾北西部を震源とするマグニチュード7.9の地震が関東を襲い、約10万5千人が死亡・行方不明。火災・津波・土砂災害に加え、流言による虐殺も起きた。詳しく読む →
大正時代EVENT 144