地図と人物でたどる、日本の時間。

HISTORICAL ERA / 1333—1392

南北朝時代

南北朝

二つの朝廷が並立し、天皇・足利氏・守護が各地の武士を巻き込んで争った動乱の時代。

建武政権の崩壊から南北朝合一まで、正統性と武家内部の対立を整理します。
掲載出来事
10件
関係人物
14名

CHRONOLOGY

南北朝時代の主な出来事

後醍醐天皇の肖像
元弘3年 / 山城国・京都

建武の新政

鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇が天皇親政を開始。所領裁判・恩賞・官職を朝廷へ集中させたが、複雑な命令系統と恩賞への不満から武士の支持を失った。

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足利尊氏の肖像
建武2年 / 相模国・鎌倉

中先代の乱

北条高時の遺児・時行が信濃から挙兵して鎌倉を奪還。足利尊氏が朝廷の許可を待たず東下して鎮圧し、そのまま鎌倉に留まったことで建武政権との対立が決定的になった。

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後醍醐天皇像
建武3年/延元元年 / 山城国・京都/大和国・吉野

南北朝の分裂

足利尊氏が京都で光明天皇を立て、後醍醐天皇は吉野へ移る。二つの朝廷と元号が並び立つ内乱の時代が始まった。

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楠木正成を描いた肖像
延元元年/建武3年 / 摂津国・湊川

湊川の戦い

九州から東上した足利尊氏軍を、新田義貞・楠木正成軍が摂津湊川で迎撃。正成は敗死し、尊氏は京都を制圧して光明天皇を擁立、南北朝分裂が決定的になった。

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足利尊氏の肖像
暦応元年/延元3年 / 山城国・京都

足利尊氏、征夷大将軍に

足利尊氏が北朝の光明天皇から征夷大将軍に任じられた。建武式目と京都の政権機構を基礎に室町幕府が成立し、南朝との内戦下で武家支配を進めた。

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楠木正行を描いた肖像
正平3年/貞和4年 / 河内国・四條畷

四條畷の戦い

南朝の楠木正行軍が、北朝・幕府の高師直軍と河内四條畷周辺で激突。正行は敗死し、師直軍は吉野へ進攻して南朝の行宮を焼いた。

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高師直を描いた錦絵
観応元年 / 京都・鎌倉・全国

観応の擾乱

室町幕府内部で足利尊氏・高師直派と足利直義派が衝突。南朝も巻き込み、将軍兄弟の対立が全国の武士を二分した。

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菊花紋章
正平6年/観応2年 / 山城国・京都/大和国・賀名生

正平一統

観応の擾乱で足利尊氏が弟直義に対抗するため南朝へ降り、南朝が一時的に北朝を吸収。翌年、北朝の神器・上皇を南朝が確保したが、尊氏方は新たな北朝を再建した。

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足利義満の肖像
応安元年/正平23年 / 山城国・京都

足利義満、将軍就任

10歳の足利義満が第3代将軍に就任。管領細川頼之の補佐を受け、守護勢力を統制しながら京都の幕府権力を強め、のちの南北朝合一と公武統合へ進んだ。

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足利義満の肖像
明徳3年 / 山城国・大覚寺

南北朝合一

足利義満の交渉で後亀山天皇が吉野から京都へ戻り、後小松天皇へ三種の神器を渡して南北朝が形式上統一された。

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PEOPLE

南北朝時代に関わる人物