HISTORICAL ERA / 1573—1603
安土桃山時代
安土桃山織田信長と豊臣秀吉が統一を進め、城郭・都市・軍事・土地支配を全国規模で組み替えた時代。
本能寺の変から秀吉政権、関ヶ原まで、統一事業の継承と政権移動を人物関係で追います。- 掲載出来事
- 10件
- 関係人物
- 22名
記事で背景をつかんだ後は、御所・二条城・本能寺など時代が重なる場所を一日のルートでたどれます。
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安土桃山時代の主な出来事

山崎の戦い
本能寺の変から11日後、備中から戻った羽柴秀吉軍が明智光秀軍を山崎で破った。信長後継をめぐる主導権が秀吉へ傾く転換点となった。
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本能寺の変
織田信長が、家臣・明智光秀の急襲を受けて京都の本能寺で自刃。天下統一の行方が大きく動いた。
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賤ヶ岳の戦い
信長死後の主導権をめぐり、羽柴秀吉と柴田勝家が近江北部で激突。秀吉が勝利して後継者争いを大きく前進させた。
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秀吉、関白に就任
羽柴秀吉が近衛家の猶子となり関白へ就任。武家の軍事力を朝廷の最高官職と結び、豊臣政権の全国支配を制度化した。
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刀狩令
豊臣秀吉が全国の農民から刀・脇差・弓・槍・鉄砲などの武器を集めるよう命じた。武装解除、兵農分離、村落統制を進める政策となった。
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小田原征伐
豊臣秀吉が全国の大名を動員し、小田原城の後北条氏を降伏させる。戦国大名間の大規模な領土戦争に区切りをつけた。
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文禄の役
豊臣秀吉が明の征服を構想し、諸大名の軍を朝鮮へ侵攻させた。朝鮮・明との長期戦で多数の人命と生活が失われ、日本の大名・民衆にも重い負担を残した。
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伏見城築城
豊臣秀吉が伏見に本格的な城と城下町を築く。大地震による倒壊、再建、関ヶ原前哨戦での落城、徳川期の再建を重ねた政治都市だった。
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豊臣秀吉の死
伏見城で豊臣秀吉が死去。幼い秀頼を五大老・五奉行が支える体制は、最大実力者・徳川家康を中心に揺れ始める。
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関ヶ原の戦い
徳川家康率いる東軍と、石田三成を中心とする西軍が激突。家康の全国支配を決定づけた。
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安土桃山時代に関わる人物
武将 / 1534—1582織田 信長天下布武を掲げた革新者
武将 / 生年不詳—1582明智 光秀本能寺で主君を討った知将
武将 / 1537—1598豊臣 秀吉全国統一と近世の統治基盤を築いた天下人
武将 / 1543—1616徳川 家康江戸幕府を開いた大将軍
武将 / 1560頃—1600石田 三成豊臣政権を支えた奉行
天皇 / 1517—1593正親町天皇戦国の転換期を歩んだ第106代天皇
天皇 / 1571—1617後陽成天皇豊臣から徳川への転換期の第107代天皇
武将 / 1557—1582織田 信忠信長と同日に散った織田家の後継者
武将 / 1522頃—1583柴田 勝家北庄を築き、秀吉と賤ヶ岳で争った織田家宿老
武将 / 1565—1582森 蘭丸信長の命令と情報をつなぎ、本能寺で散った近習
武将 / 1534—1610細川 藤孝光秀の誘いを退けた武将・文化人
武将 / 1582—1602小早川 秀秋豊臣一門から小早川家を継ぎ、関ケ原を動かした若年大名
武将 / 1558頃—1600大谷 吉継兵站と港町を動かし、関ケ原で西軍を選んだ豊臣大名
武将 / 1553—1625毛利 輝元広島城を築き、西軍総大将となった毛利当主
武将 / 1535—1619島津 義弘兄・義久を支え、敗戦から生還した前線指揮官
武将 / 1561—1624福島 正則豊臣恩顧から東軍先鋒となり、広島を築いた大名
武将 / 1568—1623黒田 長政関ケ原の交渉と福岡藩づくりを担った大名
武将 / 1561—1602井伊 直政赤備えと交渉で家康を支えた徳川四天王
武将 / 1579—1632徳川 秀忠徳川の天下を制度へ変えた二代将軍
武将 / 1593—1615豊臣 秀頼父の天下と徳川の世の狭間に生きた後継者
女性 / 1569頃—1615淀殿二度の落城を生き延び、秀頼を支えた豊臣家の母
武将 / 1538—1590北条 氏政小田原城で豊臣軍を迎えた後北条氏第4代当主