
PERSONAL FILE / 武将
とくがわ いえやす徳川 家康
江戸幕府を開いた大将軍三河の大名から勢力を伸ばし、関ヶ原の戦いで東軍を勝利へ導いた。1603年に征夷大将軍となり江戸幕府を開く。
- 生没年
- 1543—1616
- 主な所属
- 徳川家
- 関わった出来事
- 6件

家紋・紋章三つ葉葵Wikimedia Commons/Public Domain
HISTORICAL ROLE
徳川 家康は、その時何をしたか
桶狭間の戦い
当時は松平元康を名乗り、今川方として丸根砦を攻めて大高城への補給を成功させた。義元の死後は岡崎へ戻り、今川氏からの自立を進めた。
長篠・設楽原の戦い
武田勝頼軍に包囲された長篠城を救うため信長へ援軍を求め、織田軍とともに設楽原へ布陣。三河の防衛線を守った。
本能寺の変
事件当時は和泉国堺に滞在していた。信長横死の報を受けると、少人数の供と危険な伊賀・甲賀の道を抜けて三河へ帰国し、6月4日に岡崎城へ到着した。
小田原征伐
豊臣軍の一員として出陣。後北条氏降伏後、三河・遠江などから旧北条領の関東へ移され、江戸を新たな本拠として城下町建設を始めた。
豊臣秀吉の死
秀吉から秀頼の後見を託された有力大名の一人。最大の領地と官位を背景に政務を主導し、婚姻政策などをめぐって奉行らとの緊張を深めた。
大坂夏の陣
天王寺口で真田信繁隊の突撃を受け、本陣が一時混乱するほど追い込まれた。徳川方が持ち直して大坂城を落とし、豊臣宗家を滅ぼした。
FAMILY TREE
徳川 家康の家系図
父松平 広忠
母於大の方
本人徳川 家康
正室築山殿
嫡男松平 信康
三男徳川 秀忠
九男徳川 義直
主要な直系を抜粋。家康にはほかにも多くの子女・側室がいます。
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