
PERSONAL FILE / 武将
とよとみ ひでより豊臣 秀頼
大坂城に残った豊臣家の後継者豊臣秀吉と淀殿の子。秀吉の死後は大坂城で豊臣家を継ぎ、徳川政権成立後も大きな権威と財力を保った。大坂夏の陣で母とともに自害し、豊臣宗家は滅亡した。
- 生没年
- 1593—1615
- 主な所属
- 豊臣家
- 関わった出来事
- 2件

家紋・紋章五七桐Zagyoso/Public Domain
HISTORICAL ROLE
豊臣 秀頼は、その時何をしたか
豊臣秀吉の死
父・秀吉の死後、大坂城へ移って豊臣家の中心となった。政務は五大老・五奉行らに委ねられ、秀頼を誰がどのように支えるかが政権最大の問題となった。
大坂夏の陣
豊臣方の総大将として大坂城に留まった。城外の主力が敗れ、城が炎上すると、翌5月8日に母・淀殿らと自害して豊臣宗家は滅亡した。
FAMILY TREE
豊臣 秀頼の家系図
父豊臣 秀吉
母淀殿
本人豊臣 秀頼
妻千姫
子国松
娘天秀尼
主要な直系と婚姻関係を抜粋。子女の生母や事績には諸説があります。
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