
PERSONAL FILE / 武将
とよとみ ひでよし豊臣 秀吉
天下統一を成し遂げた人たらし織田信長に仕え、山崎・賤ヶ岳の戦いを経て後継者の地位を確立。関白となり、全国統一と太閤検地を進めた。
- 生没年
- 1537—1598
- 主な所属
- 豊臣家
- 関わった出来事
- 4件

家紋・紋章五七桐Zagyoso/Public Domain
HISTORICAL ROLE
豊臣 秀吉は、その時何をしたか
本能寺の変
備中高松城で毛利氏と対陣中に信長の死を知った。直ちに講和をまとめて軍を畿内へ戻し、事件から11日後の山崎の戦いで光秀を破る。この迅速な行動が、織田家の後継争いで優位に立つ契機となった。
賤ヶ岳の戦い
織田家の主導権をめぐって柴田勝家と対立。大垣方面から軍を急行させ、賤ヶ岳周辺で勝家軍を崩して北ノ庄城まで追撃した。
小田原征伐
惣無事令に反したとして後北条氏を討伐。小田原城を包囲しながら各方面軍に支城を攻略させ、降伏後は奥州仕置へ進んで全国統一を示した。
豊臣秀吉の死
病状が悪化すると、五大老・五奉行へ幼い秀頼の保護と合議を繰り返し求めた。8月18日に伏見城で死去し、政権の均衡が揺らぎ始めた。
FAMILY TREE
豊臣 秀吉の家系図
母大政所
異父弟豊臣 秀長
本人豊臣 秀吉
正室ねね
側室淀殿
子豊臣 鶴松
子豊臣 秀頼
主要な血縁・婚姻関係を抜粋。鶴松と秀頼の母は淀殿です。
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