地図と人物でたどる、日本の時間。

懿徳天皇を描いた後世の歴史画
後世の想像図(同時代肖像ではありません)の出典 ↗Public Domain

PERSONAL FILE / 天皇

いとくてんのう

懿徳天皇

皇統譜上の第4代天皇

皇統譜上の第4代で、欠史八代に含まれます。『日本書紀』巻第四では安寧の子として登場する。記載の中心は皇位継承、宮の移動、后と皇子、葬送である。『軽』の地名があることだけで、宮の正確な位置や実在年代まで確定できるわけではない。『古事記』『日本書紀』に基づく伝承的な系譜を含み、実在や年代を史料から確定できない点に注意が必要です。

代数
第4代
主な所属
皇室
関わった出来事
1件

HISTORICAL ROLE

懿徳天皇は、その時何をしたか

伝承上の宮:軽の曲峡宮

『日本書紀』の宮と系譜

巻第四に軽の曲峡宮が記されています。これは8世紀に編纂された史書が伝える宮名で、発掘によって本人の宮と確定したという意味ではありません。記紀の伝承、現在の伝承地・陵墓指定、同時代の考古資料を分けて読む必要があります。

FAMILY TREE

懿徳天皇の家系図

本人・第4代懿徳天皇

ここでは史実として確定できる家族の系図を示せないため、本人の代数だけを表示しています。記紀が伝える血縁関係と、同時代史料で確認できる家族関係は区別します。詳しい史料の限界は欠史八代の総論で確認できます。

皇室の系図(宮内庁) ↗

RELATED PEOPLE