
PERSONAL FILE / 武将
いたくら しげまさ板倉 重昌
原城攻略の最初の上使として戦死した幕臣京都所司代・板倉勝重の次男。家康・秀忠・家光に仕え、大坂冬の陣では豊臣方との交渉にも関わった。島原・天草一揆の上使として九州諸藩を率いたが、原城総攻撃で戦死した。
- 生没年
- 1588—1638
- 主な所属
- 徳川幕府
- 関わった出来事
- 1件

家紋・紋章九曜巴WTCA/CC BY-SA 3.0
HISTORICAL ROLE
板倉 重昌は、その時何をしたか
島原・天草一揆
九州諸藩を動員して原城を攻めたが、諸藩を十分に統率できず攻略は難航した。後任の松平信綱が派遣されると、到着前に戦果を求めて1638年1月1日に総攻撃を実施し、銃撃を受けて戦死した。
FAMILY TREE
板倉 重昌の家系図
父・京都所司代板倉 勝重
兄板倉 重宗
本人板倉 重昌
嫡男板倉 重矩
幕府に仕えた板倉家の主要な直系を抜粋しています。
