
PERSONAL FILE / 一揆指導者
あまくさ しろう天草 四郎
原城に籠もった一揆軍の象徴的な総大将本名は益田四郎時貞。島原・天草一揆で、若くして一揆軍の総大将に立てられた。信仰と結束の象徴となった一方、実際の作戦には旧小西・有馬家臣や村の指導者たちも深く関わった。
- 生没年
- 1621頃—1638
- 主な所属
- 島原・天草一揆方
- 関わった出来事
- 1件

家紋・紋章天草四郎陣中旗山田右衛門作と伝わる/1637年/Public Domain
HISTORICAL ROLE
天草 四郎は、その時何をしたか
島原・天草一揆
島原と天草で蜂起した人々の総大将に立てられ、原城で幕府軍を迎えた。四郎は若い象徴的指導者で、軍事運営は父・益田甚兵衛ら旧小西家臣や地域の指導者たちとともに行われたと考えられる。1638年2月の落城時に命を落とした。
FAMILY TREE
天草 四郎の家系図
父益田 甚兵衛
母・洗礼名マルタ
本人・益田四郎時貞天草 四郎
姉妹・一門名は諸説・記録僅少
父母は地元資料に基づく主要関係です。出生地・生年や姉妹の名前には史料上の不明点があります。
