
PERSONAL FILE / 天皇
ごとばてんのう後鳥羽天皇
源平争乱中に即位した第82代天皇安徳天皇が平氏と西国へ移った後、京都で即位した。神器のない即位という異例の出発で、壇ノ浦後に皇位の正統性を整えた。後年は承久の乱で鎌倉幕府と戦い、隠岐へ流された。
- 生没年
- 1180—1239
- 主な所属
- 皇室・京都朝廷
- 関わった出来事
- 1件

家紋・紋章十六八重表菊Philip Nilsson/Public Domain
HISTORICAL ROLE
後鳥羽天皇は、その時何をしたか
壇ノ浦の戦い
壇ノ浦の時点では京都朝廷の天皇。安徳天皇と三種の神器が平氏方にあるまま即位しており、戦後は神器回収と皇位秩序の再編が大きな課題になった。
FAMILY TREE
後鳥羽天皇の家系図
父・第80代高倉天皇
母藤原 殖子
異母兄・第81代安徳天皇
本人・第82代後鳥羽天皇
皇子・第83代土御門天皇
皇子・第84代順徳天皇
皇位継承に関わる主要関係を抜粋しています。
皇室の系図(宮内庁) ↗