
PERSONAL FILE / 女性
こうみょうこうごう光明皇后
福祉と写経を支え、正倉院宝物の礎を築いた皇后藤原不比等と県犬養橘三千代の娘で、聖武天皇の皇后。729年、皇族以外の出身者として初めて皇后となった。施薬院・悲田院に象徴される救済、写経事業、東大寺大仏造立を支え、聖武天皇の死後には遺愛品を東大寺盧舎那仏へ献納した。
- 生没年
- 701—760
- 主な所属
- 藤原氏・聖武朝
- 関わった出来事
- 2件
HISTORICAL ROLE
光明皇后は、その時何をしたか
長屋王の変
長屋王一族が滅びた同年、夫人から皇后となった。事件と立后を一つの陰謀として直結させる説はあるが、光明子本人の関与を断定する史料はない。
大仏造立の詔
社会不安のなかで進められた盧舎那大仏造立を皇后として支えた。写経と寺院への寄進を通じ、聖武朝の仏教文化を後世へ伝えた。
FAMILY TREE
光明皇后の家系図
皇后立后と聖武朝の皇位継承に関わる主要関係を抜粋。画像は19世紀の浮世絵に描かれた後世の姿です。
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