
PERSONAL FILE / 武将
あかまつ みつすけ赤松 満祐
嘉吉の乱で将軍義教を暗殺し、播磨で追討を受けた守護大名播磨・備前・美作を基盤とした赤松氏の当主。将軍足利義教による守護大名統制が強まるなか、京都の自邸へ義教を招いて暗殺した。領国へ戻って城山城で抗戦したが、幕府の追討軍に敗れて自害した。
- 生没年
- 1373—1441
- 主な所属
- 赤松家・播磨守護
- 関わった出来事
- 1件

家紋・紋章二引両に左三つ巴お茶飲む人/CC BY-SA 4.0
HISTORICAL ROLE
赤松 満祐は、その時何をしたか
嘉吉の乱
結城合戦の祝勝を名目とする宴で足利義教を襲撃した。その後は播磨へ戻ったが、山名氏ら幕府軍の追討を受け、城山城で自害した。
FAMILY TREE
赤松 満祐の家系図
父赤松 義則
本人赤松 満祐
嫡男赤松 教康
嘉吉の乱に関わる主要な直系を抜粋。掲載画像は本人肖像が確認できないため、赤松氏の家紋を用いています。
