
PERSONAL FILE / 武将
やまな そうぜん山名 宗全
西軍を率いた有力守護大名但馬を中心に勢力を持った山名氏の当主。出家後の名が宗全で、赤ら顔から『赤入道』とも呼ばれた。応仁の乱では西軍の中心として細川勝元と対立した。
- 生没年
- 1404—1473
- 主な所属
- 山名家
- 関わった出来事
- 1件

家紋・紋章五七桐に七葉根笹Fraxinus2/CC BY-SA 4.0
HISTORICAL ROLE
山名 宗全は、その時何をしたか
応仁の乱
畠山義就らを支援し、西国の守護を集めて京都へ進出。自邸周辺が西軍の拠点となり、現在の『西陣』という地名の由来にもなった。
FAMILY TREE
山名 宗全の家系図
父山名 時熙
本人山名 宗全
子山名 教豊
養女の夫細川 勝元
主要な直系と細川家との姻戚関係を抜粋しています。
